「あなた、絶対音感あるの?」
音楽に少しでも関わっていると、そんな質問を一度は受けたことがあるかもしれません。
ピアノやバイオリンを習っている子どもがいると、「小さいうちに絶対音感をつけてあげたい」と考える親も少なくありません。
では、この絶対音感(absolute pitch)とは一体どのような能力なのか。
そして、それは生まれつき決まる才能なのか、それとも訓練で身につけられるものなのか?
本記事では、脳科学・教育研究・統計データの視点から、この問いの輪郭を明らかにしていきます。
🎧 絶対音感とは?相対音感とは?
まずは用語の定義から整理しておきましょう。
- 絶対音感(Absolute Pitch)
→ 他の音との比較なしに、単独の音の高さを正確に言い当てる能力。
例:「今鳴った音はA(ラ)の音だ」と即座に認識できる。 - 相対音感(Relative Pitch)
→ ある基準音と比較して音の高さの差(音程)を認識する能力。
例:「この音はさっきの音より3度上」と判断できる。
一般的に、プロの演奏家や作曲家にとっては、相対音感がより実用的で重要とされます。
一方、絶対音感は「特殊な才能」のように捉えられがちで、早期教育の文脈でよく語られます。
🧠 絶対音感は「才能」なのか?
✔ 脳科学の知見から見る
脳機能の研究によると、絶対音感を持つ人の左側側頭葉(聴覚野)に構造的な違いがあることが報告されています(Schlaug et al., 1995)。
特にプラヌム・テンポラーレ(planum temporale)**と呼ばれる部位が、絶対音感を持つ人では左右非対称に発達している傾向があります。
また、脳のfMRI(機能的磁気共鳴画像)によって、絶対音感保持者は音を聞いたときに言語処理に近い反応パターンを示すことも知られています。
これは、音高を“記号”のように記憶していることを示唆しています。
👉 結論:生得的な脳構造の影響がゼロではない。
🧒 教育・訓練の影響はあるのか?
✔ 絶対音感教育の統計的事例
日本ではヤマハ音楽教室や一部のピアノ教室で、「幼児期の絶対音感教育」が行われています。
共通して言われているのが、「6歳頃までの訓練が有効」という説です。
実際、1990年代に行われた調査(宮地楽器の研究報告など)では、
- 3〜5歳のうちに音名聴取訓練を開始した子の約60〜80%が絶対音感を獲得
- 7歳以降に開始した子では10〜20%程度に留まった
というデータが報告されています。
✔ 絶対音感教育の内容(例)
- 鍵盤を弾かずに音を聞き分け、音名で答える
- 和音や単音を「ド・ミ・ソ」などの固定ドで認識する
- 繰り返し聴取 → 反復 → 矯正 → 長期記憶化
👉 結論:適切な訓練によって獲得できるケースも多いが、年齢制限がある可能性。
🎓 相対音感は誰でも身につく?
対して相対音感は、大人になってからでも習得が可能とされ、実際に訓練法(聴音・階名唱・移動ド)も確立されています。
耳コピや即興演奏、アドリブなど、現場で役立つのは相対音感のほうが多いとも言われます。
また、相対音感は絶対音感と異なり、文化や教育によって伸びやすい能力です。
🤔 境界線の実感:ハイブリッドな音感もある
興味深いのは、実際の音楽家の中には「完全な絶対音感」や「完全な相対音感」ではなく、その中間に位置するタイプも多いということです。
たとえば:
- 「特定の音(ド・ラなど)だけすぐ当てられる」
- 「調号付きの楽譜なら分かるが、無音では当てづらい」
- 「視覚イメージと結びついた音高記憶を持っている」
といったハイブリッド型です。
📝 結論:音感は「先天と後天のグラデーション」でできている
- 絶対音感は、一部に生得的な要素(脳構造・言語環境)がある
- しかし、多くは早期の訓練や環境によって獲得・強化される
- 相対音感は後天的に育てやすく、実用性も高い
- 音楽家の多くは「両者の中間的な感覚」で音を認識している
音感は、白か黒かの才能論では語れません。
大切なのは、自分に今どんな感覚があるかを知り、それに合った練習法を見つけること。
そして、たとえ絶対音感がなくても、音楽の理解力や表現力は大いに育てられるという事実を忘れないことです。
参考文献(Selected References)
- Schlaug, G., Jancke, L., Huang, Y., & Steinmetz, H. (1995). In vivo evidence of structural brain asymmetry in musicians. Science, 267(5198), 699–701.
- Zatorre, R. J., Perry, D. W., Beckett, C., Westbury, C. F., & Evans, A. C. (1998). Functional anatomy of musical processing in listeners with absolute pitch and relative pitch. Proceedings of the National Academy of Sciences, 95(6), 3172–3177.
- Takeuchi, A. H., & Hulse, S. H. (1993). Absolute pitch. Psychological Bulletin, 113(2), 345–361.
- 堀江孝子(1997)『幼児音感教育における絶対音感訓練の臨界期に関する一考察』音楽教育学研究
- 宮地楽器音楽研究所(1996)『絶対音感訓練における年齢別習得率とその推移』
